ぼよんぼよん

ぼよよよよん

「リズと青い鳥」を観て。

昨日、「リズと青い鳥」を観ました。
以下、感想というか完全に自分語りなので特に面白くないです。


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映画館でボロボロ泣きながら映画の内容と同じくらいの比重で自分のことを考えてしまいました。辛かった……


少女たちの強烈な感情にただただ圧倒され、しかしそれはたしかに彼女たちにとって「特別」だけど、
多くの大人たちが持つ思い出に少しずつ重なる特別じゃないものでした。


私は高校生の頃、あまり社交的なほうではありませんでした。
中高一貫の学校で、中学入ってからずっと一緒の友達と過ごした6年間。
陳腐な言葉かもしれませんが何気ない毎日がかけがえのない時間でした。


私の一番好きな友達(以降Aちゃんとします。)には、たくさんの友達がいました。

元気で、はつらつとしていて、面白くて、背が高くて、可愛くて、周囲の人みんなに好かれるような、そんな子です。


私はというととにかく普通で、自己が無くて、
いつもAちゃんについて回る金魚のフンでした。


Aちゃんとは部活が一緒でした。
運動部です。

Aちゃんは少し鈍臭かったけど、そんなところも面白くて、可愛くて、一緒にいるのがとても楽しくて、
私はAちゃんが大好きでした。



Aちゃんは絵を描くのが好きでした。
私はAちゃんと一緒に絵を描くのが楽しかったし、
Aちゃんが絵を描くのを見るのが好きでした。


高校1年で、文化祭のお店の装飾担当をAちゃんと一緒にやりました。
すごく楽しかったけど、自分には向いてないと感じました。

高校2年の選択授業のときに、Aちゃんは美術の授業を選択しました。
私は家庭科を選択しました。

それでもAちゃんとは部活が一緒だし、クラスも同じだし、そう思っていました。


Aちゃんにはもともとたくさん友達がいたけど、選択授業でまたAちゃんの交友範囲が広がったように感じました。


私はだんだん、Aちゃんの描く絵を褒める周りの子のように素直に「すごいね!」と言えなくなっていました。


卒業後、Aちゃんは美術系の大学に行き、私はやりたいこともないまま適当な私立大学に入りました。


今はAちゃんとは部活時代の仲間で集まる機会に会う程度です。



最近のことですが、中高時代の同級生に、
「Aちゃんと仲良かったよね」
と言われました。

私とは別のコミュニティでAちゃんととても仲良くしていた子です。

私はその子に嫉妬していたのに、と過去の感情の名前を自覚し、辛い気持ちになりました。
そして同時に、Aちゃんと私が仲良く見られていたという事実にも舞い上がってしまいました。

少し疎遠になってしまったけど、Aちゃんのことがきっとまだ好きみたいです。
(辛い…)



私はあの頃、Aちゃんになりたかったのかもしれないし、
Aちゃんの一番になりたかったのかもしれない。

高校生の頃にはよく分からなかったことだけど、今でもまだ(もう?)よく分かりません。


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リズと青い鳥は、少女の強い感情に自分と重なるところと重ならないところをつい考えてしまう、そんな映画でした。
きっとたくさんの大人たちが、それぞれの「特別」な思い出を、思い出しながら観たのではないでしょうか。


(メタ的ですが、最近一人暮らしをはじめてリズも23時過ぎに終わる回を観たのですが、そんな時間に出歩いていること自体もまた「少女ではなくなった自分」を感じて、帰り道歩きながら涙出た……)